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6つの地域が奏でるシンフォニー 吉舎町自治振興連合会

ご案内information

吉舎町自治振興連合会

吉舎町自治振興連合会は、以下の場所で行っています。

〒729-4211 広島県三次市吉舎町吉舎718番地1(吉舎生涯学習センター内)
TEL・FAX 0824-43-7272


吉舎町の沿革

 470年 三玉大塚古墳が造られる
 577年 吉舎が皇后の所領(私部=きさいべ)
1192年 源平合戦の功績により広沢実方 備後三谿郡
      12郷を得る
1221年 後鳥羽上皇が隠岐島流配のとき、吉舎艮神社で一泊
      「吉き舎かな」
1324年 広沢氏が和知へ移り和智氏を名乗る
1340年 この頃、和智資実が本拠を南天山城へ移し善逝寺を創建
1365年 この頃、和智諸実が三玉に平松城を築く
1569年 和智誠春・元家兄弟が厳島で毛利元就に殺される
1590年 三玉村で銀を採掘
1694年 七日市全焼
1789年 大旱魃 蜂郷で郡中総雨乞、千把火を焚く
1819年 四日市全焼
1880年 高浦豊太郎が漢学塾を開く
1887年 敷地に三谿高等小学校を開く
1888年 吉舎村、八幡村成立
1894年 奥愛次郎が私立日彰館中学校を開く
1898年 三谿郡と三次郡が合併して双三郡となる
1912年 日彰館実科高等女学校開設
1920年 吉舎村が吉舎町となる
1938年 福塩線全通
1953年 吉舎町と八幡村が合併
1969年 日彰館高校が県立に移管
1975年 吉舎小学校と敷地小学校が統合
1984年 奥田元宋氏文化勲章受章
2004年 三次、君田、布野、作木、吉舎、三良坂、三和、甲奴が合併し
      新生三次市誕生

吉舎は歴史・・

 吉舎町は歴史が古く、古代の鉄鏇遺物が多数出土されています。中世には和智氏が200年に渡って支配し、代々の城主が寺院を建設、仏像を寄進し、多数の由緒ある寺院や仏閣を残しています。
 また、辻地区の八幡神社では、毎年秋の風物詩として、広島県無形民俗文化財、「神殿入(こうぞのり)」という伝統神事が行われます。天明年間に大飢饉で多くの人が亡くなり、神頼みの一念で始まったといわれています。秋の夜長に煌めく灯籠の光が帯となって参道を流れる伝統的な光景を眺めると、吉舎町の積み重ねてきた重厚な歴史に浪漫を感じることができます。

吉舎はロマン・・

 教育のまちとして知られる吉舎町の中心に佇む日彰館高校。明治の初め漢学塾日彰館で学んだ奥愛次郎が私立中学日彰館を創立したことに始まります。これは広島県下でも3番目にあたり、奥館祖は吉舎のようなのどかな場所で教育本来の目的を達成できるという信念を持ち、吉舎の教育文化水準の向上、経済的発展に大きな貢献を果たしてきました。地域が守り続けて生きた吉舎町の伝統、誇りこそが浪漫であり今日の学び舎に刻み続けられています。

吉舎は街道にあり

 吉舎町は、世界遺産に登録された石見銀山から、三次、福山に通じる銀のルートの中継地点にあたることから宿場町として繁栄しました。宿駅が設けられ、海産物や砂鉄などの物資運送の荷駄や商人の往来で賑わっていました。一時は県北地域38ケ村の郡元として代官所などが置かれ、政治、経済、文化の中心になっていました。現在も残っている商店街の卯建(うだつ)は、明治、大正の活気あふれる街道を彷彿とさせます。街道の名残を味わいながら浪漫あふれる街並みを散策してください。

吉舎町自治振興連合会

〒729-4211
広島県三次市吉舎町吉舎718番地1
(吉舎生涯学習センター内)

TEL 0824-43-7272