Snow magic


「ユーリ!ユーリ!見てください!雪です〜!」

エステルは下町に来ていた。
魔導器がなくなった事により、結界がなくなってしまった今となっては、一人で出歩くのはまだまだ危険だったが、ユーリが一緒なら大丈夫だろうという事で、ヨーデルとフレンにエステルの護衛を頼まれたのだった。
別に頼まれなくても、時期を見てこっそり彼女を連れてくるつもりだったが、ヨーデル直々に頼まれたとなれば別にコソコソする必要もない。

(結局‥‥‥皆にバレてんのな‥‥‥)
ユーリはエステルに聞こえないようにこっそり呟くと空を見上げた。
護衛というのも実は単なる口実で、どうやらヨーデルとフレンがなかなか会えない二人に気を使ってくれたらしい。
こっそり会ってはいたものの、どうやら気を使われるくらいには、二人の気持ちが周りにバレバレだったらしい。
(ま、その方が好都合だけどな)
ユーリは軽く目を瞑ると、内心そう思った。




***************




「ユーリ!凄い雪ですね!」
「そんなに珍しいモノかね〜。」
隣ではしゃぐエステルを横目で見ながら、ユーリは自分の頭に降り積もりそうな雪をパッパと軽く払い落とす。
「はい!とても綺麗です!ユーリはそうは思わないんです?」
「まあ‥‥確かに綺麗っちゃ綺麗だけどな。」
物珍し気にきょろきょろ周りを見回すエステルとは対照的に、特に興味ないといった顔でユーリは視線だけエステルに向ける。
毎年降り積もる雪なんて、今更珍しい訳でもない。
確かに雪景色は綺麗なのだが、雪が積もると寒いし動き難いし、生活をしていく上では困る事の方が多くて、良い事なんてほとんどないと言っていい。
(ま、見るぶんには綺麗でいいかもしれねぇけど)

それでも子供だった頃は、フレンや下町の皆と一緒に雪で遊んで少しは楽しかったな‥‥‥と思い返して、その頃の自分と今のエステルを重ねて少し可笑しくなった。
「何笑ってるんです?」
軽く笑ったのが聞こえたのか、エステルはユーリを見上げた。
「あ?いや、別に‥‥‥な。」
「ん?」
「気にすんな。ほら、ちょっと歩くぞ。」
「あ、はい。」

エステルはユーリの横に並んで歩き出し、少し歩いた所で再び足を止める。
「どした?」
急に立ち止まったエステルを振り返って、ユーリも足を止める。
「窓から外を見る事はあったんですが、こんなに沢山積もった雪の上を歩くのは初めてです!!」
自分の歩いた後の足跡を振り返って確認しながら、エステルはぴょんぴょん跳ね気味にまた足跡を付けている。
「足跡が沢山ですね〜!」
「そりゃ、そうだろうな。」
何当たり前の事を言ってるんだか‥‥‥‥‥と思いながら、ユーリはハッと気付く。
(そういや、こいつはずっと城の中に居たんだっけな)

一緒に旅をする以前は、ほぼ監禁状態といっていいほど外を自由に出歩く事もままならなかったエステルを思うと、こういう風に自由に外を出歩けるというのは余程嬉しい事なのかもしれない。
普通の人にとっては当たり前に出来る事が、彼女にとっては当たり前には出来なかったという事だ。
貴族だからといって、必ずしも幸せな生き方をしていたかといえば、そうではないという事も一緒に旅をして解った事だ。
逆にエステルは小さい頃から既に、お城から出してもらえず、自由もなかったのだろう。
そう考えると、彼女よりもむしろ自分の方が割と好き勝手に自由に生きてきたんだなとさえ思う。
金銭面では色々と苦労する事もあったが、下町の皆は暖かくて優しかったし、両親の居ない自分に対しても、本当の子供のように可愛がってくれたから、辛い思いをする事もほとんどなかった。
フレンも一緒だったから、特に寂しいとも思わなかった。
エステルは以前、そういう友達が居なかったから二人が羨ましいとユーリに言った事があった。

(貴族ってのも全部が全部楽じゃねぇって事だよな‥‥‥)

目を輝かせながら子供のようにはしゃぐエステルを見ていると、たったこれくらいで喜んでくれるなら、もっと早く連れてきてやれば良かったなと思う。
(ホント子供みたいだな)
何となく微笑ましくなり、ユーリの顔も自然と緩む。
「どうかしたんです?ユーリ?」
じっと見つめられている事に気付いたエステルが不思議そうにユーリを見ると、ユーリはちょっと慌てたように目を逸らす。
「あ‥‥いや‥‥‥楽しいか?エステル。」
「はいっ!とても楽しいですよ〜。」
「そっか、良かったな。」
「はい!」
優しくなったユーリの顔に安心すると、エステルも笑顔で頷いた。

「そういや、雪景色が綺麗に見える場所があったっけな‥‥‥。」
子供の頃たまたまフレンと見に行った場所を思い出す。
あれから行った事は一度もないけど、あれは真っ白でとっても綺麗だった憶えがあった。
「行ってみるか?」
「はいっ!行ってみたいです!」
「ちょっと歩くことになるけど。」
「平気です!」

じゃあ行こうかと、ユーリは差し出そうとした手を見つめ、ふと躊躇う。

何の罪もない手なら、躊躇いなく差し出せるのに‥‥‥。
(別に、後悔なんてしてねぇけどな)
自分の犯した事を忘れる事は出来ない、絶対に忘れてはいけない過去。
あの時真実を知った彼女は、こんな自分でも信じて手を取ってくれた。

今でもそうだろうか?

「ユーリ?」
「ん?ああ‥‥‥何でもねぇよ。」
一瞬曇った顔で動きを止めたユーリの手を見て、エステルは下からユーリの顔を覗き込む。
「ユーリ?何考えているんです?」
「‥‥いや‥‥‥‥別に‥‥‥‥。」
自分の手を見つめるユーリを見て、何となく気持ちを察したエステルは、ユーリの手にそっと触れる。
「この手は、人を傷つける為ではなくて、困っている人を助ける為にあるんですよね?」
「エス‥‥テル?」
「どれだけ沢山の人が救われてきたのか、ちゃんと知ってますから。もちろんわたしもユーリに救われているんですよ?」
そう言いながら、エステルはユーリの手をそっと両手で優しく包む。
「あの時も言いましたよね?今でもその気持ちは変わりません。だから、わたしは好きですよ、ユーリの手。暖かくて、優しい手。」
エステルはユーリの目を真っ直ぐに見つめると、ふふっと優しく笑う。

その優しさにどれだけ自分が救われているか、彼女は解っているのだろうか。
たとえ独りきりになったとしても、自分の正義を貫き通すと決めたが、罪を犯した自分でもありのまま受け入れてくれる人が居るという事が、こんなにも嬉しくて幸せな事だと、旅に出る前の自分なら気付けなかったかも知れない。
あの頃は自分独りになってしまっても平気だと思っていたが‥‥‥‥。

「ありがとな、エステル。」
ユーリはもう一方の手を出し、自分の右手を包んでいるエステルの両手の上にそっと乗せると、今度は反対にエステルの両手を包んだ。
「あっ、い、いえ、本当にそう思います‥‥‥から。」
カァーっと赤くなって慌て始めた彼女を見ると可笑しくなった。
(今更、手放すなんて出来ねぇよな‥‥‥)

「あ、あの‥‥ユーリ?」
「じゃ、行きますか。」
「はっはいっ!」

お互い顔を見合わせて笑うと、今度はしっかりと二人で手を繋いで歩き出す。




***************




暫く歩いて町外れまでくると、周りに人影もなくなり、辺りが一際真っ白に輝いていた。
街のような大きい建物もなければ、まだ誰も歩いていないらしく足跡もない。
本当に一面真っ白だった。
空は曇っていたが、雪の白さが光って眩しいくらいだった。

「うわぁ〜〜!!凄いです!!」
隣に居るエステルを見ると、既に目がキラキラ輝いている。
「わたし、こんなに真っ白で綺麗な雪景色、初めて見ました!!」
言い終わるか終わらないうちに、思わず駆け出してしまったエステルを見て、ユーリはやれやれといった顔をする。
「あんまり走るとコケるぞ〜!」
し〜んと静まった中で、ユーリの声がひときわ大きく響き渡った。

「大丈夫ですよ〜!ユーリも来ません?」
頭にふわふわの雪を乗せたまま、エステルが振り向く。
「何つーか‥‥‥‥天使みたいだな。」
ぼそっと呟きながら、ゆっくりと歩いてエステルに近づく。

「何か言いました?」
「別に‥‥‥‥何でもねぇ‥‥。うわ‥‥結構深いな‥‥‥雪。」
「そうですね。でもキラキラしててとっても柔らかくて綺麗です〜!」
エステルは服に雪が付くのも構わずに、くるくると回る。

(本当に、天使だな‥‥‥。)
自分にとっては本当に天から舞い降りてきた天使ではないかと思う。
そうでなければ女神か、それとも雪の見せる幻か‥‥‥‥。
瞬きをしてしまったら消えてしまうのではないかと少し不安になる。

ふと上を見上げれば、舞い落ちてくる雪の数が少しずつ増えてきた。

「あ‥‥‥。」
「また降ってきたな。」
二人揃って空を見上げれば、吸い込まれそうな灰色の空が広がっている。
降ってくる雪以外何も見えない、何も聞こえない、ただ静かな空。

綺麗な物も汚い物も全部覆い隠してくれるように、この真っ白い雪が、自分の罪も全部覆ってしまえばいいとさえ思う。
(らしくねぇな‥‥‥)
今までならこんな風に思う事はなかったはずだった。
(オレも‥‥‥少しは変わったのかもな)
彼女に会ってから、確実に自分は変わって行っていると思う。
それはおそらく、良い方向に向かっているのだとは思う。

「エステル。」
「はい?‥‥って!ユーリ?」
エステルが振り向こうとするより早く、ユーリに後ろから抱きしめられる。
後ろから急に抱きしめられたエステルは慌てて少したじろいだ。
「!‥‥‥ユ、ユーリ?」
「暫く、こうしてていいか?」
「あ、は、はい。」
ぎゅっと抱きしめる腕に力が入る。
「ユーリ?どうしたんです?」
「消えたり‥‥‥しないよな‥‥?」
「ユーリ?」
「ん‥‥‥飛んでったりしないよな‥‥‥って。」
「?何、言ってるんです?」
「いや‥‥‥何でもねぇ‥‥‥‥。」
「おかしなユーリですね。」
ユーリの表情が見えないエステルはクスっと笑う。
「わたしはここに居ます。ユーリの傍に居ますよ?消えたりなんかしません。」
「‥ああ、‥‥‥そうだな。」

ユーリはもう一度確認するように回した腕にぎゅっと力を入れると、目の前に曝け出されている、白くて冷たくなっている首筋にそっと唇を当てる。
「?ユーリ?」
突然首筋に暖かい物が触れて、エステルはびくっと驚く。
「何だ?」
ユーリが答えると、首筋に更に息が吹きかかるのがわかった。
「あ、あの‥‥ユーリ?」
「ん?」
「く、くすぐったい‥‥です///。」
「ふ〜ん。」
バッと後ろを振り向くと、よく見慣れた、ちょっと悪戯っぽい顔でユーリがニヤニヤ笑っている。
エステルは一気にカァーっと顔が真っ赤になると、上目遣いでユーリを睨んだ。
(いや、その目反則だから)
ユーリはちょっと目を逸らしながら、次に来るであろう台詞を待った。

「もう〜。ユーリ、意地悪です‥‥‥。」

思った通りの反応に満足しながら、自分の腕の中に居るまま向き合ったエステルの額にコツンと自分の額を当てる。
「ユーリ?」
「ありがとな‥‥‥。」
「え?え?わたし何もしてないですよ?」
ユーリの意外な反応にまたもや慌てる彼女が可愛くて、そのまままたぎゅっと抱きしめた。
(やっぱ放せねぇな‥‥)



「ユーリ‥‥‥‥暖かいですね。」
「お前も、暖かいな。」
二人だけの時間がゆっくり静かに流れる。
周りに誰も居ない、世界に二人だけしか居ないような‥‥‥そんな気さえしてくる。
お互い触れ合って居ると、雪の冷たさも忘れるくらいとても暖かく感じた。

やがて舞い落ちる雪が徐々に少なくなると、雪も完全に止んだ。

「雪、止んだな‥‥。」
「あ、太陽も出てきましたね。」

太陽の光が差すと、その光に反射する白い景色は、とても輝いていた。
曇っていた空とは比べ物にならないくらい、とても眩しかった。
「うわあ〜!!」
「さすがにこりゃあ綺麗だな‥‥。」
この景気だけはさすがにユーリも素直に綺麗だと思った。
「まるで‥‥魔法みたいですね!」
「魔法‥‥か。」

「ユーリ。」
「ん?」
「ありがとうございました!こんなに素敵な雪景色、初めて見ました!」
「いいって、別に。オレも見たかったし。」
満足気に笑う彼女を見ると、連れてきて良かったと本気で思う。
自分に出来る事は少ないけれど、彼女にはいつでも笑っていて欲しいし、もう二度とあんな風に泣いてボロボロになって傷付いて欲しくない。

自分の犯してしまった罪は消せないけど、それでも前に進む事は出来る。
それなら今自分に出来る事をやるだけだ。
いつか裁かれる時が来るかもしれない、こんな自分が何かを望む事が許されるのかといえば、それは解らない。
それでも‥‥‥‥これからもずっと彼女の傍に居たいと思う。

今日この時も、雪の見せた魔法などではないと、確かに現実の事なのだと確認するように、ユーリはエステルの手を握る。
「ユーリ?」
「そろそろ戻るか?腹も減ったしな。」
「そう‥‥ですね。」

名残惜しそうにもう一度雪景色を見回すと、エステルはユーリの手をしっかり握り返す。

「また連れて来て下さいね。」
「ああ。」
「約束ですよ?」
「わかってるって。そっちこそ約束だからな?他のヤツと行くなよ?」
「い、行きません!ユーリだけです!」
「ははっ。」
「んもう‥‥やっぱりユーリ意地悪です‥‥‥。」

そう言いながらも、繋いだ手はしっかり握られていて、ああ、こういう所も彼女に救われているのだとユーリは改めて思う。
自分の罪を知ってもなお変わらない優しさで受け入れてくれて、今でもずっと一緒に居てくれる。
その優しさにどんなに救われたか解らない。

今では、彼女に出会えて本当に良かったと思う。


(ありがとうな)
ユーリは視線だけ落としてエステルを見ると、もう一度心の中で礼を言った。











〜後書き〜

甘くしようと思いながら、全然甘くなりませんでした。むしろ切ないですねー。
書いていて終わらなくなって収集が付かなくなってきたので、無理やり終わらせました。
もっと綺麗に終わらせたかったです‥‥‥‥。
ユーリがああいうキャラなので、甘くしようと思っても何となく暗い影が付きまとうというか、何か切ない感じになってしまいます。幸せにしてあげたいのになぁ‥‥‥‥。(苦笑)
そもそも、ザーフィアスに雪なんて降るのか?って感じですが‥‥‥‥降らないのかな?