優しい笑顔で笑うから


「ユーリはわたしの事甘やかし過ぎです‥‥‥‥。」
「そうか?エステルはもっと甘えた方がいいと思うけどね、オレは。」



甘やかされる事が嫌な訳ではないが、エステルは何となく落ち着かないでいた。
小さい頃から立場上、あまり甘やかされてなかったせいか、どうやって甘えたらいいか解らないというのもあるが、正直、恥ずかしいというのが本音である。
現に、今の自分の状況がとても落ち着かない。
最初はソファに二人並んで座って一緒に本を読んでいたはずなのに、気付けばユーリに言われるがまま、ユーリの両膝の間に挟まれるように座らされてしまっていた。
そして丁度お腹の辺りにユーリの両腕が回されている。

「あ、あの‥‥‥ユーリ?」
「何だ?」
「どうして、こうなっているんでしょうか?」
「ん?そりゃ、あんたに甘えてもらおうと思ってな。」
「‥‥‥これって、甘えてるっていうんで‥‥‥す?」
そう言いながら振り返って見ると、ニヤッと笑うユーリの顔が見えた。
「ん?何だ、不満か?もっとぎゅ〜ってして欲しいのか?」
「ち、ちっ違います!」
慌てて立ち上がろうと動いたエステルを、ユーリの腕がガッシリ押さえる。
「おっと‥‥‥、ちゃんと座ってろよ。」
そう言って引き戻されて再び同じ体制に戻ると、後ろからククッと軽く笑う声が帰ってきた。
力ではユーリに勝てるはずもなく、逃げられなくなったエステルは、仕方なくされるがままになっていた。
「その‥‥‥‥この格好‥‥お、落ち着かないんですけど‥‥‥。」
「そうか?こっちの方が本読み易いだろ?」
「お、落ち着かなくて読めません!」

その言葉どおり、さっきから全く本のページが捲られないまま、ずっと同じページが開かれている。
ピッタリと密着しているだけでなく、更に後ろからユーリの両腕に抱き締められる形になっており、背中越しにユーリの体温が伝わってくる。
こんな状態で本なんて読めるわけもない。

「うう〜〜‥‥‥。」
「どした?」
「恥ずかしいです‥‥‥。」
エステルは恥ずかしさで火照った顔を隠すように俯いてしまった。
街の子供達を膝に乗せて絵本を読んであげる事は時々あるが、逆に自分がこういう立場になるとは思ってもみなかった。
しかもその相手がユーリだという事が、落ち着かない一番の原因である。
「わ、わたし、子供じゃ‥‥‥ないですよ‥‥?」
「んな事ぁ解ってるよ、あんたは子供じゃねぇよ。」
(あんたはちゃんと女だよ)
と内心ユーリが思っていたのは内緒である。

「何ならオレが読んでやるけど?」
「じ、自分で読みます!」
「あっそ、そりゃ残念。」
ユーリは大して残念そうでもなく、むしろ面白がっている言い方をする。
エステルが振り向いて見上げれば、ユーリはニヤニヤしながら悪戯っぽく笑っていた。
(絶対からかってます!)
「ひゃっ!」
急にお腹に回された腕に力が籠もり、更にユーリの顎が自分の肩の上に置かれる。
耳元に息が吹きかけられて、エステルはくすぐったくなり身動ぎした。
「うう‥‥‥ユーリ、意地悪です‥‥。」
「意地悪?これが?」
ユーリは楽しくてしょうがないといった顔で後ろから覗き込む。
「嫌なの?お前。」
「い。嫌じゃ‥‥‥ないです。で、でも‥‥‥。」
「でも?」
「‥‥‥‥何だか、ドキドキして‥‥‥心臓が壊れそう、です‥‥‥。」
最後の方はよく聞き取れないくらい、小さい声になった。
そんな言葉が帰ってくるとは思わなかったユーリは、一瞬驚いた顔をしてエステルを覗き込むと、既に湯でダコになりそうなくらい赤くなって目を瞑っている。
(やべぇ‥‥‥すげー可愛い)
そんなエステルを見て満足したように、ユーリはふっと優しい顔になる。





「エステル。」
ユーリがさっきまでとは違う優しい声で耳元で囁くと、エステルはびくっと震えた。
「は‥‥い?」
呼ばれてゆっくり振り向くと、優しい目で笑う彼と目が合う。
さっきまでのような意地悪そうな笑いではなく、本当に優しく笑う笑顔だ。
普段あまり見せてくれない優しい笑顔に、エステルの心臓が一気に跳ね上がる。

(そんな笑顔ずるいです‥‥‥)

エステルは恥ずかしくて顔を背けようとしたが、それよりも早くユーリの手が頬を捉える。
背くことは許さないというように、真っ直ぐ見つめるユーリの深い色の瞳に吸い込まれそうになり、目を逸らす事も身動きする事も出来なくなった。
頬に当てられた手はとても暖かく、エステルはカーっと赤くなりながらも、ユーリの手に自分の手をそっと添えると、それが合図とでもいうようにユーリの顔が近付いてくる。

「あ‥‥っ‥‥‥‥ん。」
軽く唇が触れ合って一旦離れると、二人黙って見つめ合う。
「‥‥んっ。」
「っ‥‥‥は‥‥んっ‥‥‥。」
もう一度ゆっくり、今度は長く深く唇が重ねられる。
「‥‥‥ふ‥‥ぁ。」
唇が重ねられたままエステルが鼻から抜けるような声を漏らすと、少し開いた唇を割ってユーリの舌が入り込んでくる。
「んぁっ‥‥。」
そのままエステルの口内を舐めながら舌を絡め取ると、エステルもそれに答えるようにユーリに合わせて舌を絡ませた。
「んん〜!」
クチュクチュっと音を立てながら絡ませた舌を一旦離すと、ツーっと銀の糸が引かれる。
「は‥‥‥ぁ‥‥‥。」
大きく息を漏らしてがくんと力の抜けるエステルを、ユーリは後ろからしっかり抱き締めた。

「‥‥ユ‥‥‥‥リ。」
「エス‥‥テル。」
見上げたエステルの潤んだ瞳に引き込まれるように、ユーリは再度また彼女の唇を塞ぐ。
「ん。」
「っ‥‥‥はぁ‥‥‥。」

そして唇が離されたエステルは、そのまま力の抜けた身体をユーリに預け、暫く動けないでいた。







「ん、何だ?大人しくなったな。」
「‥‥‥‥ずるいです‥‥‥。」
「は?」
「ユーリが‥‥‥。」
「うん?」

「‥‥‥優しい笑顔で笑うから、逆らえないんです‥‥‥‥‥。」

そう言いながら、む〜っと膨れる彼女が、ユーリは愛しくてしょうがなかった。
言う事、やる事、態度がいちいち全部可愛い。

「あんたが可愛いから悪いんだろ?」
「か、かわ‥‥‥可愛くなんてないですー!」
両頬に手を当てて真っ赤になって慌てふためく姿も可愛い。
(そういう所が可愛いんだけどな)
「やれやれ、自覚がねぇってのは怖いね〜。」
彼女に聞こえないように小声で呟く。
「何か、言いました?」
「いや、何でもねぇよ‥‥‥。」

むしろ参っているのは自分の方かも知れない‥‥‥‥‥とユーリは思った。
腕の中の柔らかくて暖かい存在が、こんなにも愛しい存在になろうとは、出会った頃には思ってもいなかったな‥‥‥と不思議にさえ思う。
彼女に出会うまで抱いていた“貴族のお姫様”というイメージを、ことごとく全部ぶち壊してくれたこのお姫様に出会えた事に、感謝すらしたいと思えた。
自分にもこんな気持ちがまだあったのだという事に、驚きすら感じる。

「ん?どうかしました?ユーリ。」
黙ってしまったユーリを見上げ、エステルは不思議そうな顔をする。
「いや‥‥‥暖けぇなって。」
「‥‥‥わたしも、暖かいです。」
そう言いながらエステルは、お腹に回されたユーリの手に自分の手を重ねる
ユーリは腕の中の愛しい存在を確認するように、もう一度腕に力を込め、それでいて優しくぎゅっと抱き締める。

そして、愛しい彼女の体温を感じながらそっと目を閉じた。





ぎゅっと後ろから抱かれているというよりもはや、抱きつかれているといった方が正しいのではないかという状態に、エステルは少し可笑しくなった。

「ふふっ‥‥。」
「何だ?」
急に笑ったエステルの声に、ユーリは閉じていた目を開ける。
「もう‥‥‥‥‥これじゃあどっちが甘えているのかわからないです。」

ユーリを見上げてクスっと柔らかく笑う彼女を見て、今度はユーリの方の心臓が跳ね上がった。
「エステル、その顔反則な?」
「えっ?」

困って泣きそうな顔ももちろん可愛くて好きだけど、やっぱり優しく笑う笑顔の方が彼女には似合っているなとユーリは思った。
そう思うと、無意識にユーリにもフッと笑みがこぼれる。
「ユーリも‥‥その顔反則です‥‥。」
「は?」

ユーリは一瞬目を丸くしたが、すぐに目を細め、優しい顔をした。
(本当に、エステルには敵わねぇな‥‥‥‥)
(本当に、ユーリには敵いません‥‥‥)
「くっ。」
「ふふっ。」

お互い顔を見合わせてもう一度笑う。

それは、お日様の光のように眩しくて暖かい、優しい笑顔だった。











〜後書き〜

甘々でラブラブなのが書きたくなって書いてたら、何かもう砂吐きそうなくらい、バカップル全開になってしまいました‥‥‥。
ユーリがセクハラ大魔王です。(笑)
でも甘いお話は書いていて幸せになれますvv私がvv