私の帰る場所 (後)




ハア、ハア、ハア‥‥‥‥‥‥。

「どこ行ったんだよ?!」
(くそっ!)

走り回って息の上がったユーリは、走るのを一旦止める。
かなり走り回ったせいか、既に傘は意味を持たず邪魔にすら思えてきた。
「ふう‥‥‥‥。」
ユーリはひとまず息を整える。
そんなに遠くには行ってないだろうと思い、一通り行ける範囲をぐるっと廻って来たが見つからず、結局また宿屋の近くまで戻って来てしまっていた。
まだ昼過ぎだというのに雨のせいか、だんだん辺りが薄暗くなってきていて、外を歩く人もほとんど居なくなっていた。

闇雲に探しても見つかる訳がないとは解っていても、今の自分にはそうする以外の方法がない。
(エステル‥‥‥どこに居んだよ!!)
なかなか見つからない彼女に対して、怒りすら覚えてくるのを何とか抑える。







ニャー‥‥‥‥‥。

「‥‥‥‥ん?‥‥猫‥‥‥か?」
どこからかニャーという声がして、ユーリは立ち止まった。

ニャ〜ン‥‥‥‥‥‥‥っく‥‥‥‥‥。
猫の声に混ざって、微かに泣き声のようなものが聞こえてくる。

(!まさか‥‥‥この声?)

ほんの微かにしか聞こえないが、聞き間違えようのない、自分のよく知っている声だ。
「!」
ユーリは耳を澄ませて、声の聞こえる路地裏へ駆け寄った。
「エステル?!」

そこに彼女は居た。

丸くなって震えている彼女の腕には、黒い猫が抱かれている。
黒猫はユーリを見てニャーと鳴いた。

ユーリは走ってエステルに近寄ると、しゃがんで彼女の両肩を掴んで揺さぶる。
「何やってんだ!お前は!!」
「!‥‥‥‥ユー‥‥‥リ?」
いきなりガシっと両肩を掴まれて、エステルがゆっくり顔を上げると、会いたかった‥‥‥‥けれど今は会いたくなかった人物が目に映る。
「あ‥‥‥。」
顔を上げたエステルの瞳から、涙がこぼれた。
「一人で居なくなったら心配するだろうが!!」
いつになく強い口調で言ったユーリだったが、また彼女の瞳に涙が溜まっていくのを見て、はっと我に返る。
「あ、いや、責めてる訳じゃねぇ‥‥‥悪ぃ‥‥。」
ユーリは無意識にエステルを抱き寄せると、エステルの両腕から力が抜けた。
黒猫は力の抜けた両腕からするりと抜け出し、ぐ〜っと気持ち良さそうに体を伸ばす。
そしてニャーンと一声鳴いて一旦振り返ると、そのまま走って行ってしまった。
「あ‥‥‥。」
今まで抱き締めていた温もりがなくなって、エステルは寂しい感じがした。
「行って‥‥‥しまいました‥‥‥‥。」
「戻ったんだろ?帰る所へ。」
「帰る所‥‥‥‥ですか‥‥‥。」

(もしかしたら、ユーリが来てくれるまで、一人ぼっちのわたしの傍に居てくれたのでしょうか‥‥?)

「‥‥‥‥あの猫にも、ちゃんと帰る場所があるんですね‥‥‥‥。」
黒猫の走り去った方を見つめて黙ってしまったエステルに、ユーリが答える。
「お前にもあるだろ?帰る場所が。」
「わたしに‥‥‥ですか?」
「ああ。」
涙が止まって落ち着きを取り戻したエステルを見て、ユーリも隣に座ると、コンクリートのひんやりとした感触が伝わってくる。

「‥‥‥‥ました‥‥。」
「ん?」
「わたし‥‥‥‥生き残ってしまいました。」
「エステル、何‥‥言って‥‥。」
「これで良かったのかどうか、解らないんです‥‥‥。忌まわしき世界の毒というのなら、わたしが居ない方が世界にとっては良いので‥‥‥。」
「んな事言うな!!」
エステルが言い終わらないうちに、ユーリに再び両肩を掴まれ言葉を遮られた。
隣に座っていたはずのユーリの顔が今は目の前にあり、その顔は怒っている。
「死んだっていいとか、殺してくれだとか、あげくの果てには生き残ってしまった‥‥だと?どういうつもりなんだよ!お前は!!」
普段あまり聞かないようなユーリの低くて強い声が響く。
両肩を掴んでいる腕には痛いくらい力が込められ、掴んでいるユーリの手が少し震えている。
「ユーリ‥‥?」
「二度と‥‥‥言うなって言ったよな?」
そう言ってユーリはエステルの肩に頭を乗せると、そのまま首元に顔を埋める。
首筋にユーリの息が吹きかかって、エステルはびくっと震えた。
「‥‥‥‥‥ごめん‥‥‥なさい‥‥‥。」
エステルが掠れそうな声でそう言うと、ユーリは両肩を掴んでいた手の力を抜いた。
そして、今度は壊れ物を扱うかのように、大事に大事にエステルを両腕で包み込むと、優しく抱き締める。
「ユ‥‥リ。」
「‥‥‥‥。」
エステルもユーリの背中にそっと腕を回して目を閉じると、溜まっていた涙がすーっと一筋流れた。
「っ‥‥‥‥‥。」
声を押し殺して涙を流す彼女を、ユーリはただ黙って抱き締めた。

(こんなにも‥‥‥優しい人を、苦しめてごめんなさい‥‥‥‥)
エステルは声に出すことはできなかった。


暫くどちらも言葉が出てこないまま、微かな泣き声と雨音だけが静かに響いていた。





***************





二人とも黙ったまま雨音を聞きながら、少し時間が経った。
既にエステルからは泣き声も聞こえなくなっていた。

エステルが落ち着いたのを確認してから、ユーリはふっと口を開く。
「いいか?エステル。」
「‥‥‥‥はい。」
「オレは、おまえを失わずに済んで本当に良かったと思ってんだ。んで、今も一緒に居れる事を嬉しく思ってんだけど?」
「え?」
ユーリはエステルに向き合ってじっと顔を覗き込む。
「お前はどうなんだ?オレと一緒に居るのは嫌か?」
「い、いい嫌なわけないじゃないですか!」
慌てて視線を逸らして赤くなる彼女を見て、ユーリはくくっと笑った。
「ならいいじゃないか。」
そう言ったユーリの表情は、さっきまでとは違う、もういつもどおりの彼に戻っていた。


「わたし‥‥‥皆にも凄く沢山迷惑をかけました。」
「そりゃ、おまえのせいじゃないだろ?」
「今更、どんな顔をして居ればいいでしょうか‥‥‥。」
「そのままでいいじゃねぇか。」
「そのまま?」
「ああ、皆そのままのエステルが好きなんだからな。」
「皆‥‥‥‥ユーリもです?」
「今更聞くのかね?このお嬢さんは。」
ユーリはやれやれといった感じで苦笑いをした。

「おっ、雨上がったみてぇだな。」
「そうですね。」
空を見上げれば雨はもう止んでいて、雲の隙間から眩しい光がサッと差す。
さっきまで暗かったのが嘘のように、また明るくなっていた。
「今のうちに帰るぞ。」
「‥‥‥‥はい。」
ユーリはエステルの手を取って立ち上がらせると、そのまま手を引いて歩き出す。
エステルは黙ってユーリに手を引かれるまま歩き出した。





***************





暫く黙ったまま歩いていたが、エステルがふっと足の速度を緩める。

「ん?どした。」
急に歩く速度が緩まったので、ユーリも合わせて速度を落とす。
「わたし‥‥‥出会った時からユーリに迷惑ばかりかけてます‥‥‥。」
そう言ってエステルは、申し訳なさそうにユーリを見上げる。
「迷惑だなんて思っちゃいねぇよ。それなりに色々面白かったしな。」
「そうなんです?」
「ああ、世間知らずのお姫様は見てて楽しいぜ?飽きなくて。」
「もう‥‥‥っ、ユーリ意地悪です‥‥‥。」
ハハっと笑うユーリに、エステルはむぅ〜っと頬を膨らます。

「でも‥‥‥辛い思いもさせてしまいました。」
「そりゃ‥‥‥まあ否定できねぇな‥‥‥。あの時はマジで辛かったし。」
「‥‥‥‥‥ごめんなさい‥‥‥。」
再びしゅんとする彼女を見て、ユーリは悪知恵を思いつく。
「そんじゃ、辛い思いをさせた罰って事で‥‥。」
ユーリはエステルにさっと顔を近付けると、そのまま軽く唇を重ねた。
「〜〜〜っ!!ユ‥‥リ!」
「そうだな‥‥‥おまえの帰る場所はオレって事でOK?」
「は‥‥え???」
「何だ、嫌なのか‥‥?」
「い、嫌じゃ‥‥‥ない‥‥‥です。」

顔から火を噴きそうなくらい真っ赤になって慌てるエステルに、ユーリは優しい眼差しを向ける。

「そんじゃ改めて、おかえり、エステル。」

そう言って両手を広げたユーリの胸に、エステルは笑顔で迷いなく飛び込むと、あの時と同じように優しく抱きしめてくれる腕がある。

大切な場所、ここが私の帰る場所。

「はい、ただいまです。ユーリ。」



再び雲の隙間から眩しい光が差し、二人を照らす。
二人が振り返って見上げると、空には綺麗な虹が掛かっていた。












〜おまけ〜


「ああ〜もう!遅い〜!」
リタは落ち着きなく、テーブルの周りをウロウロ回っていた。
「あら、ずいぶん時間が経ったけど、ちゃんと見つけられたのかしらね?」
「ヤボな事、聞かない方がいいんじゃな〜い?」
「そうね。今頃きっと‥‥‥。」
「ちょ、何言ってんのよー!」
「どうしたの?何?何?レイヴン。」
「あら、少年にはちょっと早いんじゃないの〜?」

ジュディスとレイヴンが意味ありげに笑い、リタが照れてるのを見て、カロルは一人解らず終いだった。










〜後書き〜

恋愛SLG(AVG)とかだったら、ああいう後にこういった展開もあるんだろうと思うんですが、まあRPGなので本編中にはそこまで心情が語られなかったので、こういうイベント?とかあったら良かったのにな〜と思って書いてみました。
最初は違うタイトルだったんですが、書いてるうちに内容変わってきたので途中でタイトル変えました。
何か無駄に長くなってしまったんですが、簡潔にまとめらる文章力がないのですみません。(汗)