Summer Dream (後)
二人が箒星の外に出ると、昼間のような熱気はほとんどなく、時折静かな風が吹いていたので幾分か涼しくなっていた。 辺りを見回すと、昼と変わらず外も沢山の人で賑わっていて、むしろこれからが本番とでもいうようにだんだん人が集まりつつあり、そのまま歩こうとすると人ごみに流されそうな勢いだった。 そんな中、ユーリとエステルは人ごみを掻き分けて、少し空いたスペースまでたどり着いた。 「わぁ〜!何だか‥‥‥さっきより人が‥‥‥増えたみたいですね。」 ふぅ‥‥と、エステルは少し肩で息をしながら言った。 「大丈夫か?」 「はい‥‥‥何とか。」 エステルは一息つくと、ようやく落ち着きを取り戻す。 ユーリはこういうのに慣れているのか、特に息が乱れている様子もなく平然としていた。 「そろそろ花火が始まるからな、どうせならいい場所で見たいだろ?」 「そうですね。」 「皆、今のうちにいい場所確保‥‥‥‥ってとこだろうな。」 「それなら、私達も早く良い場所を探さなければいけませんね?」 そう言って辺りをキョロキョロし始めたエステルを見て、ユーリが少し自信有り気に笑ってみせる。 「花火が綺麗に見える場所があるんだ、ちょっと歩くけどいいか?」 「そうなんです?それならそこに行きましょう!」 「了解。んじゃ、行くか。」 並んで歩こうと一歩踏み出した所で、ユーリは立ち止まる。 「エステル。」 「何です?」 「‥‥‥あー‥‥‥逸れると面倒だから‥‥‥。」 ユーリがそっと手を出すと、エステルはその手とユーリの顔を見比べ、クスっと笑う。 「はい。」 差し出されたユーリの手にエステルが自分の手を添えると、ぎゅっと軽く握られる。 そのまま二人静かに並んで歩き出した。 「‥‥‥似合ってんな、それ。」 ゆっくり歩きながら、ボソッとユーリが言った。 「えっ?」 エステルがユーリを見上げると、視線を落としたユーリと目が合った。 ユーリはエステルを見つめたままフッと笑う。 「‥‥‥ユーリ?」 「浴衣、凄ぇ似合ってる。」 「え?!あ、あああの‥‥‥ありがとう‥‥ございます。」 最後の方は小声になり、カァァーっと頬が上気していくエステルを見て、ユーリは少し可笑しくなった。 「何、照れてんだ?」 わざとエステルの顔を覗き込もうとユーリは腰を少し屈める。 「う〜‥‥‥あんまり見ないで下さい‥‥‥。」 自分の言った一言ですぐに笑ったり、すぐに照れたりと、コロコロと彼女の表情が変わっていくのを見るのは何とも言えない幸せな気持ちになった。 他の誰でもなく、自分の言葉がエステルを変えていくという事が自分だけの特権のような感じがして、嬉しくてついからかいたくなってしまう。 好きな子は苛めたくなるとでもいうのだろうか、ユーリは子供みたいな自分にますます可笑しくなる。 「くくっ。」 「ユーリ?何笑ってるんです?」 「いや〜、真っ赤になってるエステルが可愛いな〜と。」 「!‥‥‥な、なっ!」 一瞬でエステルの顔が更に真っ赤になる。 「はっはー。」 「も、もう!ユーリったら‥‥‥か、からかわないで下さい!」 「別にからかってなんてないぜ?」 (マジで可愛いんだが) 先程は周りの目もあってじっくり見れなかったが、涼しげな淡いピンク色の浴衣は、おっとりとした雰囲気の彼女に良く似合っていて、女の子らしい感じもあり、上で軽くまとめられている髪のおかげで、少し大人っぽくも感じられる。 普段、ドレスのような衣装を見慣れているからか和装は新鮮で、周りの人目さえなければこのまま抱きしめてしまいたくなるような衝動にかられる。 ユーリがそんな事を考えているなどとは知らないエステルは、空いている方の手を上気した自分の頬に当てながら、チラッとユーリを見上げた。 「ユーリも‥‥‥。」 「ん?」 「ユーリも、いつもと違って‥‥‥その‥‥‥凄く大人っぽくて‥‥素敵です‥‥。」 「そ、そうか?‥‥‥サンキュ。」 まさかそう返されるとは思っていなかったユーリは、逆に自分の方が照れる羽目になった。 自分の気持ちをここまで乱すのは、後にも先にもおそらく彼女しか居ないだろう。 何だかんだで結局自分も、エステルの一言で一喜一憂しているのだ。 「参ったな‥‥‥。」 「何がです?」 ついボソっと漏らしてしまった言葉に、ユーリは慌てて口元を片手で覆う。 「あ?‥‥‥‥‥‥何でもねぇよ。ほら、早く行かねぇと花火始まっちまうだろ?」 「は、はい!」 そう言って繋いだ手を軽く引っ張ると、エステルも横に並んで一緒に歩き出す。 少し早足になりながら、二人は手を繋いで町外れに向かった。 *************** 暫く黙って歩いていくとくと町外れに小高い丘が見えた。 「あそこが一番綺麗に見えるんだよな。」 町外れだからか、ここまで来る人は自分達以外誰も居ない。 さすがにここまでは露店もなく、帝都の明かりが少し届く程度でかなり暗い。 結界のなくなった今となっては、いつ魔物に襲われる危険性があるかわからない為、わざわざこんな危険な町外れまで来る物好きはほとんど居ないようだった。 「さすがに、誰も居ませんね。」 キョロキョロとエステルが辺りを見回しても、全く人も動物も何の気配もなくシーンと静まり返っていた。 「普通のヤツはこんな所まで来ねぇだろうからな。結界もなくなっちまったし、いつ魔物が現れるかわかんねぇからな。」 「結界がないっていう事は、それほどに危険な事なんですよね。」 「まあな、でも、自分達でそういう世界を選んじまったんだし、魔物が現れた時の為にも騎士団が居るんだろ?今まで以上に騎士団には頑張ってもらうしかねぇな。」 騎士団と聞いて思い浮かべると、何となく二人同時に同じ顔が浮かんでくる。 「あいつも苦労すんな‥‥。」 「もう‥‥‥フレンは以前からとても良く頑張ってくれてますよ?」 「わーってるよ。あいつらが頑張ってくれてるから、下町の皆も一応安心して生活出来てるわけだしな。」 「はい。結界がなくなってしまっても私達が安心して暮らせるのは、彼らが頑張ってくれてるからですよね。フレン達には感謝しないといけませんね。」 「フレン達だけじゃねぇけどな。」 「え?」 「天然殿下やエステルのおかげで、下町もずいぶん生活が楽になったからな。」 「そうなんです?それなら良かったです。」 「ああ、ありがとな。」 「い、いえ、全然大した事はしてないですよ?」 「それでも助かってるからな、下町の皆に代わって礼くらい言わせてくれ。」 「あ‥‥‥はい。頑張りますから。」 「ん?」 「これからも、皆さんが安心して生活していけるように、私頑張りますから。」 「エステル‥‥‥ありがとな。ま、無理しねぇで程々にしとけよ?」 そう言ってユーリはエステルの頭に手をやると、軽くポンポンと撫でた。 「さてと、今日は花火の音や光で魔物も近寄ってこねぇだろうし、あの辺りまで行ってみるか。」 ユーリに促され、エステルもユーリの後を付いていく。 小高い丘の上に上がると、帝都の明かりが遠くに見える。 「静かですね。」 「余計な音も聞こえねぇし、空の見晴らしもいいし、花火見るには最適だろ?」 「そうですね。夜空も暗くて、星もとても綺麗に見えます。」 エステルが空を見上げると、それにつられてユーリも空を見上げた。 「凄ぇな。」 普段星空なんて落ち着いてゆっくり眺める事のないユーリにとっては、二人で見上げるこの星空がとても貴重なものに思えた。 この広い夜空に散らばる星たち一つ一つが、それぞれ違う輝きを放っている。 それは人間も同じで、一人一人が違う色を持っていて、違う輝きを持っている。 全く同じ人など居ない。 自分も一人だけ。 彼女も一人だけ。 代わりなど誰にもなれはしない。 それから間もなく、ドーンという大きな音がすると、パンパンパンと夜空に音が響き渡った。 「おっ!始まったみたいだな。」 最初は一発。続けて音の数がだんだん増えていく。 夜空に色とりどりの光が照らされると、帝都の方から人々の歓声と拍手が聞こえてきた。 「わぁ〜!!窓から見るのと全然違います!」 「ははっ、そりゃそうだ。」 「凄いです!ユーリ!」 「ああ、マジで凄ぇな。」 一旦二人で顔を見合わせると、再び夜空を見上げる。 大きく輪を描き広がる花火。 幾つもの広がる光の輪をずっと見ていると、まるで吸い込まれそうになるくらいの錯覚を起こす。 ユーリがふっと隣に居るエステルを見下ろすと、エステルは黙って夜空を見つめていた。 花火が上がる度に「わぁ〜!」と感嘆の声を上げて目をキラキラ輝かせる姿が、無邪気な子供のようにも思えてユーリは微笑ましくなった。 時折光る花火の光に照らされると、彼女の横顔がとても美しく浮かび上がる。 ユーリは花火を見るよりも、暫くエステルの横顔を見つめていた。 「綺麗だな‥‥‥。」 「はい、とっても綺麗ですね!」 エステルはふと見つめられている視線に気が付きユーリを見上げると、じーっと自分を見つめている視線とぶつかった。 「ああ、綺麗だ。」 「本当に凄く綺麗ですよね、花火。」 「え?あぁ‥‥花火も綺麗だけどな‥‥‥。」 ユーリははっと我に返ると、慌てて空を見上げた。 「ユーリ?」 「ん?ああ、いや、花火凄ぇよな。」 (光に照らされたお前の横顔に見惚れてた‥‥‥なんて言えねぇ‥‥‥‥) ユーリが再び夜空を見つめると、連続で打ち上げられる沢山の花火の光で、夜空が埋め尽くされそうになっていた。 大きく広がる無数の花火の輪は、まるで夜空に大きな花を咲かせているような、そんな気にさせてくれる。 「夜空に花が咲いてるみたいです!」 「ああ。」 凄いですね‥‥とエステルがふっとユーリを見上げると、サァーっと風が吹き、ユーリの長い黒髪がゆっくり揺れる。 「あ‥‥‥‥‥‥。」 「どした?」 「え?あ、い、いえ‥‥‥。」 (思わず見惚れてしまいました‥‥‥‥なんて言えません) 「ん?」 「あ、あの、だいぶ涼しくなりましたね。」 「そうだな、花火見るにゃ、丁度いいって感じだな。」 暫く二人は、沢山の花火の光が広がる夜空をじっと見つめていた。 キュ〜っと音を立てて夜空をクルクル飛び回る花火や、柳のようにしだれ落ちる花火、様々な種類の花火が上がっては消え、上がっては消えを繰り返す。 大切な人と一緒に見る色とりどりの光で描かれる夜空は、忘れられない感動をもたらした。 二人一緒に見るからこそ価値のあるもの。 最後に連続で打ち上げられ、やがて最後の花火の光が消えると、再び帝都から盛大な歓声と拍手が聞こえてきた。 「終わってしまいましたね。」 「終わっちまったな。」 心地良い風がゆっくり流れると、草木の匂いに混じって薄っすらと花火の火薬の匂いもしてきたが、それさえも心地良く感じる。 花火が終わってからも、暫く二人は黙って星空が広がる静かな夜空を見上げていた。 「ユーリ。」 「ん?」 エステルはユーリに向き直ると、ペコリと頭を下げる。 「今日はありがとうございました。」 「別に、礼を言われる程じゃねぇよ。オレも一緒に花火見たかったし。礼を言うならこっちの方だ。」 「ユーリが連れて来てくれなかったら、こんなに素敵な物は見れませんでした。だから、ありがとうございます。」 エステルがそう言って微笑むと、ユーリの顔にも笑みがこぼれる。 「‥‥‥‥そっか、また来年も連れて来てやるよ。」 「本当です?」 「ああ、約束な。」 「はい、約束です!」 ほらっ、とユーリが小指を差し出すと、それを見たエステルも小指を差し出し、そっとその指に自分の小指を絡ませる。 「ふふっ。」 絡めた小指を見ながら嬉しそうに笑うエステルを見て、ユーリも暖かい気持ちになる。 こんな単純な事で喜んでくれるお姫様。 自分にはこれくらいの事しか出来ないけれど、その僅かにしてあげられる事で彼女を喜ばせる事が出来るという事がユーリは嬉しかった。 こんな自分でも、彼女に笑顔を与えられるという事が。 「帰るか‥‥‥。」 「そう‥‥‥ですね。」 先程まで花火が上がっていた夜空を名残惜し気にじっと見上げながら、エステルは頷いた。 名残惜しい気持ちはユーリも一緒だったが、このまま居ても余計に離れ難くなってしまう。 「また来年見れるさ、一緒にな。」 「はい。」 「それに、花火じゃなくったっていつでも会えるだろ?その気になりゃあな。」 「はいっ!」 「って事で、色々覚悟しとけよ?」 「何をです?」 「あー、まあ‥‥色々だ。」 「そうなんです?解りました。」 「ホントに解ってんのかね‥‥‥‥。」 「?」 「ま、とりあえず、戻ろうぜ。」 そう言って当たり前のように差し出される手。 「あ、はい。」 エステルがそっと手を乗せるとユーリがフッと笑った。 ユーリはこの鈍いお姫様をどうしてやろうか‥‥‥などと考えながら、エステルの手を掴んで引くと、来た道をゆっくり歩き出す。 (ま、時間はじっくりあるしな) 大きな広い星空が見守る中、二人は並んで歩き出す。 先程まで雲に隠れていた月が覗くと、二人の寄り添った影が少し伸びた。 そんな、ほんのひと夏の思い出。 〜後書き〜 夏祭りネタだからという事で、あれこれ書きたいものを入れた結果、色々と詰め込み過ぎて内容がまとまらなくなってダラダラ長くなってしまいました。(苦笑) ほのぼのなんだかシリアスなんだかちょっと甘い?んだか、よく解らなくなってしまった感があります。 もっとスッキリまとめた文章が書きたいです‥‥‥‥‥。 書いてる時、ユーリの浴衣姿を想像して一人で悶えてましたvv(笑) |