ジェラシーな狼


カタン!
空になったグラスが勢い良くテーブルの上に置かれる。

「飲み過ぎだよ、ユーリ。」
「煩せぇ‥‥‥。」
(お前に言われたくねぇよ)
「全く、どうしたって言うんだ?君は‥‥‥。」
フレンはハァ‥‥‥と一つ溜息をつくと、呆れた顔でユーリを見た。

夕方いきなりフレンの部屋を訪ねてきたかと思えば、それからずっとユーリは不機嫌な顔で延々と居座って飲み続けていた。
窓を見るともうすっかり日も沈んで暗くなり、夜になろうという所だったが、一向に帰ろうという気配すらなさそうだった。
それどころか、先程からフレンが話しかけても素っ気無い態度で全く話にならない。
フレンが呆れ顔でユーリを見ると、ユーリは目を細めてフレンを睨んだ。


(誰のせいだと思ってやがる‥‥‥)



昼間エステルを訪ねに行った時、フレンとエステルが仲良さそうに話しているのを見たユーリは、何食わぬ顔で話しかけてきた親友に少しイラついていた。
以前の自分だったら、たかがこの程度でこんな気持ちになるなど考えられなかったが、今となってはエステルが他の男性に笑顔を向けるのがどうにも面白くない。

たとえそれが親友だとしても‥‥‥‥だ。
いや、親友だからこそ‥‥‥というべきか。

最初はちょっと面白くなくて、気を紛らわす程度に飲み始めただけだったのだが、アルコールが回っていくうちに段々イライラしてきて、ユーリは今の状態に至る。
誰が見ても明らかに不機嫌丸出しのユーリというのはある意味貴重で珍しいのだが、もはや今のフレンにとっては、こんな状態の親友は困った以外の何ものでもない。

「ユーリ、いいかげんにしてくれ‥‥。」
「だったら放っとけよ。」
「ユーリ!」



その時、遠くからカツカツと慌てて走って来る音がしたかと思うと、ドアの前でピタッとヒール音が止まる。
それからコンコンコン!と強めのノック音が聞こえた。
「フレン?!何かあったんです?」
「あ、エステリーゼ様、開いてますよ。」

勢い良くドアが開かれると、ハアハアと息を切らせながら飛び込んで来たのはエステルだった。

「こんな遅くにお呼びして申し訳ありません。」
「い、いえ‥‥‥‥一体どいうし‥‥‥あれっ?ユーリ来てたんです?」
エステルが部屋に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、テーブルに突っ伏しているユーリの姿だった。
フレンは苦笑いをして、更に少し困った顔をしながら、テーブルに突っ伏したままのユーリに視線を向ける。
「すみませんが、コイツの面倒見てやって下さい。」

フレン一人だとどうにも埒があかなくなりそうだったので、先程お城の侍女にエステルを呼んでくるように頼んでおいたのだ。
フレンは二人の仲は知っていたので、下手に自分が相手をするよりも、彼女の方が上手くユーリを宥めてくれるだろうと思っての事だった。

エステルはテーブルに突っ伏しているユーリを一旦見て、それからフレンを見る。
フレンと目が合うと、フレンは苦笑いをした。
「こういう事なので、すみませんが後を頼みます。私はそろそろ任務に戻らなければなりませんので。」
「あ、はい。迷惑をかけてごめんなさい、フレン。」
「いえ、こちらこそ、面倒事を押し付けてしまってすみません。全く‥‥‥ユーリときたら困ったヤツで‥‥‥‥。」
フレンはもう一度親友に目を向けて、再びエステルと顔を見合わせると、軽く一礼してそのまま自分の部屋から出て任務に戻って行った。

フレンが出て行くと、エステルはユーリの傍まで来てゆっくり優しく肩を揺さぶる。

「ユーリ?どうしたんです?」
「ん〜?エステル‥‥‥か?」
ユーリは突っ伏していた顔を上げ、エステルの顔を見るや否や、ガバッとエステルに抱きついてきた。
座ったままの状態のユーリは、丁度エステルの胸元に顔を埋める形になった。

「ひゃっ?!ちょっ‥‥!ユーリ?」
「んー‥‥‥柔らけぇな、エステルは‥‥‥。」
「なっ‥‥!何言ってるんです?!」
エステルはカァーッと顔が熱くなった。
「ん〜‥‥‥‥‥‥。」
「もう‥‥‥ユーリ?酔ってるんです?」
「あぁ〜?酔ってねぇ‥‥‥よ。」
「酔ってる人は皆そう言うんですよ?」
自分に抱きついているユーリの背中を軽く摩りながら、エステルは優しく言った。
テーブルの上には、空になった瓶がいくつも並べられている。
下を見れば、テーブルの上だけでなく床にも空き瓶が立ててあった。
フレンも一緒に飲んだのかは解らないが、もしこれをほぼユーリ一人で飲んだのなら、一人で飲むには余りにも多過ぎる量だ。

「これ‥‥全部飲んだんです?」
「あん?悪ぃかよ?」
ユーリは素っ気無い言い方だったが、エステルはユーリの背中をポンポンと軽く叩きながら呆れ気味に言った。
「身体に悪いですよ?」
「煩ぇ‥‥‥よ。」
「ここじゃ、フレンに迷惑がかかりますから、とりあえず私の部屋に行った方がいいですね。ユーリ、立てます?」
「‥‥‥‥‥ん‥‥。」

いつまでもフレンの部屋に居座るのはさすがに悪いと思ったエステルは、ユーリを立ち上がらせようとしてみたのだが、ぐったりと力の抜けた大の大人の男を女一人で支えるには、さすがに無理があったようだ。
さっきフレンにユーリを部屋に運ぶのを頼めば良かったと思いながら、エステルはドアを開けて誰か居ないかと辺りをきょろきょろ見た。
「すみません、誰か居ませんか?」

エステルが部屋の外に呼びかけると、向こうから先程自分を呼びに来た侍女が走って来た。
「はい、何でしょうか?」
「私の部屋まで彼を運ぶのを手伝ってくれませんか?一人では無理そうなので。」
「かしこまりました。」

侍女と二人で何とかユーリを立ち上がらせると、一応意識はあるようで、ユーリは自分でちゃんと立ち上がった。
足も自分で動くようで、二人で引きずるような事にはならないのがせめてもの救いだ。





「もう〜、ユーリ?しっかりして下さい。」
ユーリを二人で支えながら廊下をゆっくり歩く。
「ん〜。」

「仕方ない人ですね‥‥‥。」
そう思いながらも、エステルは優しく見守る母親のような顔をする。
「ふふっ。」
「何か、おかしいです?」
クスクスと小さく笑い出した侍女を見て、エステルは不思議そうな顔をした。
「あ、いえ、失礼しました。何だか微笑ましくて、つい。」
「えっ?!そ、そうですか?」
「ええ、以前のエステリーゼ様でしたら、あまりそんな風にお笑いになられなかったので。」
「そう‥‥かもしれませんね。」

旅に出る前の自分の境遇を思い出すと、あの頃は確かに、楽しいと思える毎日ではなかったように思える。
どこに行くにも監視の目があり、自由に行動出来なかった頃に比べたら、今は全然違う自由な生活になっていた。

「今のエステリーゼ様は自然体で生き生きしていて、とても良い事だと思いますよ?」

そう言って侍女が微笑むと、エステルもつられて微笑んだ。

ユーリに出会って皆と旅をしてから、自分もかなり変わったと思う。
それはたぶん、ユーリの影響が特に大きいのだと思うのだが。

二人でそんな会話をしながらユーリを連れてゆっくり歩いていくと、ようやくエステルの部屋に辿りつく。

「ありがとうございました。もう大丈夫です。」
「いいえ、何かありましたらお呼び下さいませ。」

侍女は一礼してその場を去って行った。
侍女が離れて一人で支える事になると、ユーリの体重が一気にぐっと圧し掛かった。
「うぅ〜〜重いです‥‥‥ユーリ‥‥‥。」

いくら細身とはいえ、大の大人の男でしかも長身なので、さすがに支えるのは大変だった。
エステルはヨロヨロとしながらも、何とか部屋の中のベッドまでユーリを連れていく。

「少し休んでいて下さい。」
エステルはそう言ってひとまず自分のベッドにユーリを座らせると、ユーリも黙ってされるがままにベッドに座った。
「待ってて下さいね。」

テーブルの上には、侍女が置いて行ってくれた水の入ったグラスが置かれている。
エステルが窓際のテーブルへと近付いて、テーブルに置かれているグラスを手に取った時、何か背後に気配を感じた。

「エステル‥‥‥。」
「ひゃっ!」

エステルは思わずグラスを落としそうになった。
今しがたベッドに座らせていたはずのユーリが、いつの間にかふっと自分の背後に立っている事に驚いて、エステルは慌てて振り向いた。
「あ、あの‥‥ユーリ?!立って、大丈夫なんです?」
「‥‥‥ああ‥‥‥。」
先程エステル達が連れてきた時よりは、足取りがしっかりしているようなので、少しは酔いが抜けたのかなとエステルは思った。
「も、もう‥‥急に後ろに居たらびっくりするじゃないですか!」

「‥‥‥‥くなった‥‥から‥‥‥。」
「?‥‥‥何です?」
「エステルが‥‥‥居なくなったから‥‥‥。」
そう言いながらユーリはエステルに近寄ると、再び抱きついた。
「えっ?ユーリ?」
(ええぇーっ?!)
まさか彼の口からそんな子供のような発言が出るとは思わなかったので、エステルの方が照れるハメになり、カァっと一気に体温が上昇した。

「あ、あの‥‥‥お水、飲みます?」
「いらねぇよ。」
エステルが軽くユーリの背中を摩りながら聞くと、相変わらず素っ気無い返事が返ってきた。
また自分にぎゅ〜っと抱きついてくる青年を見ると、本当に大きな子供のように思えてくる。
「ユーリ?」
「‥‥‥‥‥。」
「もう‥‥‥‥、本当にどうしたんです?」

いつまでも抱きついたまま離れないユーリに少し困りながら、エステルはそれでも優しく言うと、背中に回した手に触れた髪をそっと撫でた。
相手は酔っ払いだと思うと特に怒る気にもならないし、普段なかなかこんな姿の彼を見れないので、何だか少し可愛い気もするなと思うと、エステルは逆に微笑ましくさえ感じた。
髪に触れると、男にしては珍しいくらいのサラサラの髪の毛の感触が伝わってくる。
暫くエステルがユーリの髪に触れていると、ゆっくりユーリが顔を上げてエステルを見下ろしてきた。

相変わらず不機嫌なままで。

「あの‥‥。」
「‥‥‥‥‥。」
「ユーリ?」
エステルが心配そうな顔で見上げると、ユーリの目が冷たくスッと細められた。
「フレンの方がいいわけ?」
「えっ?」
「フレンと話してる時、凄ぇ楽しそうだったじゃねぇか‥‥。」
「えーっ?!」
昼間確かにエステルはフレンと話をしていたが、別にユーリが怒るような事でも‥‥‥‥と思ってエステルはハッとなる。
「ま、まさか‥‥‥それで機嫌が悪いとか‥‥‥そういうんじゃ‥‥‥。」
「悪ぃかよ‥‥‥。」
「でも‥‥フレンとは親友じゃないんです?」
「‥‥‥だからだよ。」

エステルにしてみれば、ユーリの大切な友人なら、エステルにとっても大切にしたいと思っていたのだが、どうやらそれがユーリの気に障ったらしい。

「ただでさえ、アイツはオレより先にあんたに会ってんだ、オレの知らないあんたの事も知ってんだろ?」
「それは‥‥‥そうですけど。」
「ったく‥‥‥二人で楽しそうに話しやがって‥‥‥‥‥。」
ボソッと漏れたユーリの本音が、機嫌が悪くなった原因を全て語っていた。

(それって‥‥焼きもちじゃないですか?)
と内心思ったエステルだったが、これ以上ユーリに機嫌が悪くなられても困るので、あえてそれは言葉にはしなかった。

「でも、あれは‥‥‥ユーリの昔の事を色々聞いてただけで‥‥‥。」
「は?オレの?」
「だって、ユーリったら聞いてもはぐらかして教えてくれないじゃないですか。」
「小せぇ頃の事なんて言っても恥ずかしいだけじゃねぇか。」

またフレンに色々吹き込まれているのかと思うと、正直面白くない気持ちになる。

「あー、解った解った。追々教えてやるから、とにかくあいつには聞くな、いいな?」
「はぁ‥‥‥。」

エステルは叱られた子供みたいにしゅんと俯く。

「でも、色々知りたいです‥‥‥。」
「あ?」
「ユーリの事、もっともっと知りたいです‥‥。」
「なっ!」
ユーリは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口元に意地の悪い笑みを浮かべた。

「ふ〜ん‥‥‥そんな事言っていいわけ?」
「えっ?」
エステルが見上げると、ユーリはいつもの意地悪そうな顔でニヤリと笑った。

「教えてやるよ、オレの事。思う存分‥‥な?」
クスっと笑うユーリを見て、エステルは何となく本能的に背筋がゾゾッとした。
エステルはユーリから離れようとユーリの腕を振り解こうとしたが、ユーリの腕はびくともせず逆にユーリに両手首を掴まれ、腕を解く事は不可能となった。

「何で逃げようとすんの?」
「えっ?に‥‥逃げてなんて‥‥‥。」
「知りたいんだろ?」
ユーリは笑ってはいるものの、飢えた狼のような鋭い瞳で見つめると、エステルはゾクリとした。
「ま、まだ酔ってるん‥‥‥です‥‥よね?」
「さあな。」
「う、嘘‥‥。」
「色々教えてやるよ‥‥‥‥あんた柔らかくて美味そうだしな‥‥‥。」
「えっ?!そういう意味じゃ‥‥あの‥‥待っ‥‥!」

言い終わらないうちにエステルの唇に落ちてきたユーリの熱は、ほんのりとアルコールの味がした。



開き直ってしまった狼を止められる術もなく、こうなってしまったらもはや食べられるのは時間の問題となった‥‥‥‥。











〜後書き〜

何かグダグダでダメダメな酔っ払いユーリさんになってしまって、ユーリがもはや別人です。こんなのユーリじゃねぇ!と思われた方にはホントすみません。
いやでも、こういうユーリもアリかな〜と、むしろユーリってこんなヤツなんじゃね?とか内心では思ってるんですがね。(笑)
ユーリはあんまり嫉妬とかしなさそうですが、嫉妬しまくってたらいいな〜と思ってみたり。
最初は更に続いて裏に行く予定だったんですが、ラブコメっぽくなって健全な所で留まりました。(笑)