古くは銀の道の陰陽交易の中継地として栄えた布野の宿。その銀の道が国道54号線へと姿を変えた今、布野の宿も新たに姿を変え「道の駅 ゆめランド布野」として生まれ変わった。
まずは大森代官所から布野宿まで「芋代官」が銀の道より皆様をご案内つかまつる。
銀の道は、太田市大森町の大森代官所を起点とし、尾道市まで130キロの道のりである。まず大森代官所を出発しておよそ8キロ、太田市と邑智郡美郷町の境界となる所に松の古木が見えてくる。この松を「箱茂のお松」といい、かつては旅人が一休みする場所だった。ここから飯石郡飯南町下赤名まで約28キロにわたって銀の道の名残を示す数々の史跡が残っている。この区間は街道の形状がそのまま残っている部分がわりあい多く、中でも「八名塩道」と呼ばれる約6キロのコースは、車は通れないが、古道の雰囲気が充分味わえる。
さて、第一夜九日市で過ごした一行は、早朝に出立し酒谷の口留番所を越え、赤名の宿に向かう。赤名の宿は出雲と備後の接点として栄え、今でも宿場町らしい景観を残している。赤名で一休みした一行は、なだらか道をしばらく進んだ後、いよいよ赤名峠にさしかかることになる。当時の道筋は赤名トンネルの手前から山に入る山道がルートとなっていた。赤名峠は明治になってできた旧国道を地元の人々が草刈りし、乗用車で行けるよう努めている。
赤名峠を下ると三次市布野町横谷に入る。銀の道はここから再び山越えの道を行き、仏ヶ峠(ほとけがたお)を越える。この峠を下りるとようやく布野の宿に着く。布野は陰陽交易の中継地として栄え、町には、現在の国道54号線、明治の道、江戸時代の道の三本の道が通っている。そのうち銀の道は、一番山寄りの狭い道である。
布野の宿を過ぎると、神野瀬川を渡り、三次市山家町と続いていくのである。
「銀の道」の大部分は、地域の皆さんの生活道路です。交通法規を守り、迷惑運転にならない様、注意して運転して下さい。