Summer Dream (前)
「花火‥‥‥です?」 「そ、今晩帝都のお祭りがあるだろ?」 「そういえば‥‥‥今日でしたね。」 すっかり忘れてましたと言わんばかりに、エステルは傍に居たヨーデルとユーリの顔を見比べる。 そしてヨーデルと目が会うと、ヨーデルがコクンと頷く。 「ええ、ですから騎士団も、今日は祭りの警備で忙しいようですね。」 だからなのか、今日はお城の中がいつもより騎士達も少なく静まり返っていた。 フレンも警備に当たっているらしく、今日は姿を見かけない。 「そういえば‥‥‥初めてノードポリカに行った時にも花火上がってましたよね?」 「ああ、ま、帝都もそれに負けないくらいにはなるんじゃね?」 「そうですね、いつもは窓からしか眺めた事はないんですけど。」 「そっか、ついでに下町も軽くお祭りやってんだ。‥‥‥‥‥ってエステルはお祭りとか行った事ないのか?」 「‥‥‥‥はい‥‥‥ユーリ達と旅をするまでほとんど外に出た事がありませんでしたから‥‥‥。」 そう言いながらエステルは、昔を思い出すように遠い目をする。 「‥‥‥そっか‥‥‥なあ‥‥‥花火見に行かねぇか?」 「え?良いんです?」 「ああ、その為に誘いに来たんだけど。」 「‥‥‥‥是非!行ってみたいです!」 「って事で、エステル借りるけどいいか?」 ユーリがヨーデルをチラっと見ると、ヨーデルは頷く。 「ええ、いいですよ。彼女は頑張り過ぎですから、たまには羽を伸ばして来てください。それに、貴方が一緒なら大丈夫でしょう。」 そう言ってユーリを見る。 「当然だろ?」 「ヨーデル‥‥‥ありがとうございます。」 エステルがぱあ〜っと明るい笑顔になると、それを見たユーリとヨーデルは顔を見合わせ安心した顔をした。 「そんじゃ、また後で迎えに来るから。」 「はい!楽しみに待ってますね!」 エステルは笑顔でユーリの後姿を見送った。 *************** 夕方を過ぎると、早速ユーリがお城まで迎えに来た。 既に準備を整えて待っていたエステルが大きく手を振ると、それに答えるようにユーリも軽く手を上げる。 「今日は宜しくお願いします、ユーリ。」 「ははっ、そんなに改まらなくっていいって、とりあず、何か食うか?」 「そうですね。」 「オレが世話になってる宿屋の女将さんが腕を振るってくれるってさ。」 「本当ですか?!凄く楽しみです!」 「ははっ、城の料理と比べんなよ?」 「そんな事ないですよ、以前ユーリが作ってくれたお料理だって、お城の料理よりもとても美味しかったですから。」 「あー、そ、そっか。」 「ユーリ?」 「いや‥‥何でもねぇ‥‥‥。」 「ふふっ。」 すっと目を逸らしたユーリの顔がほんの少し赤いように見えて、エステルは小さく笑った。 「あー、ほら、行くぞ。」 自然と差し出されるユーリの手をエステルはそっと握り返す。 一緒に旅をしていた時罪を犯したユーリは、自分の手で誰かに触れることを怖がっていた。 そんな彼が、今では迷いなく優しく手を差し伸べてくれる。 きっと、そういう風にユーリが変われたのは、いつも独りで全部を背負おうとしていた彼が、自分や仲間の皆を心から信じてくれるようになったからだと、エステルは思っていた。 彼は独りではなく皆が一緒なのだという事。彼自身がそれを認めてくれたからだろうと。 旅をしてから色々な事があり、ユーリもエステルも、他の中間達も皆沢山悩んだり、辛い思いをして乗り越えてきたからこそ、今がある。 エステルは繋いだ手をじっと見つめた。 「ん?どした?」 エステルが黙っていると、ユーリが顔を覗き込んで来た。 「え?いえ、何でもありません。」 「そっか、なら行くぞ。」 「はい。」 二人は手を繋いで下町に向かう。 エステルには、この繋がれた手がとても愛しく思えた。 下町に着くと、既に沢山の人で賑わっていた。 露店も多く立ち並んで、それぞれのお店には人だかりが出来ている。 下町は色々生活に厳しいとは聞いていたが、それでも日々を一生懸命生きて行こうとする下町の人達には活気があり、優雅にのんびり日々変わりなく過ごす貴族達と比べたら、何倍も生き生きして輝いているように思えた。 「わぁ〜!!凄い人ですね!」 「まあ、年に一度のお祭りだからな。以前よりはずいぶんマシになったけど、まだまだ毎日の生活は大変だからな、せめてこの日くらいは皆楽しみたいんだろ?」 「ユーリは楽しみたくないんです?」 「オレ?オレも今年は楽しんでるぜ。お前が居るからな。」 「え?ええーっ?!」 「エステルと一緒だから楽しいって事。」 「そ、そうなんです?」 「ああ。」 そう言ってエステルを見下ろすと、頬が赤くなっている。 (可愛いヤツだな) ユーリはそう思いながら、繋いだ手に少し力を込めた。 暫く並んで歩くと、ユーリが下宿している宿屋の箒星に着く。 「よし、着いたぞ。」 「ユーリがお世話になっている所ですね。」 「ああ、とりあえず、入ろうぜ。」 「はい!」 ユーリに手を引かれてエステルも中に入ると、女将さんが奥から出てきて人懐っこそうに笑う。 「あら、いらっしゃい。待ってたよ!」 「ああ、今日は頼むぜ。」 「任せときな。腕によりをかけるからね!お嬢ちゃんも良く来てくれたね!」 「こんにちは。今日は宜しくお願いします。」 エステルはペコリとお辞儀をする。 「礼儀正しい娘さんだね〜、あんたもちょっとは見習ったらどうだい?」 そう言うと、女将さんはユーリを肘でつつきながらニヤっと笑う。 「余計なお世話だっつーの。」 「あっはっは、さあさあ、座った座った。」 女将さんに促されて二人が席に着くと、周りは既に沢山のお客で賑わっていた。 「お、ユーリ、お前も隅におけんな。」 「今日は可愛い子も一緒か?」 「今度紹介してくれよな。」 ほとんど下町の知り合いばかりなので、次々に冷やかしの声をかけられる。 なまじ色々な意味で有名なユーリは、特に知り合いも多いようだった。 「こいつ大変だろ?オレにしない?」 「えっ?!えっ?!」 「おい!」 「ははっ冗談だよ。大事にしろよ、ユーリ。」 「余計なお世話だ。‥‥‥‥ったく、からかうなよ。」 ユーリは苦笑いをして、かんべんしてくれとばかりに片手を上げてヒラヒラさせると、周りから「わはは」と笑いが聞こえてくる。 「気にすんなよ?エステル。」 「ふふふっ。」 「何だよ。」 「ユーリは皆さんに愛されてるんですね。」 「そう思うかねぇ‥‥‥。」 「ふふっ。」 「ま、いいけどな。」 エステルの笑顔を見ると、どうでも良くなってくる自分が居る。 皆に冷やかされながら席に座って待っていると、女将さんが厨房から出てきた。 「もうちょっと時間かかるから、ちょいと待っとくれよ。」 一旦奥に戻りかけた女将さんが振り返り、エステルをじっと見て何か思いついたのか、手招きをする。 「あ、そうだ、お嬢ちゃん、ちょっと来てごらん。」 「え?」 「ん?何だ?」 「何でしょう?ちょっと行って来ますね。」 女将さんに手招きされて、エステルは席を立つと奥に向かって行った。 ユーリは座ったままじっとエステルを目で追っていたが、ふっと女将さんと目が会うと、含み笑いをしながら軽くウィンクをされる。 (何企んでるんだ?) 少々心配になりつつも、まあ別に悪い事はないだろうとユーリは大人しく待つ事にした。 エステルが奥に入りユーリから見えなくなると、女将さんが奥の部屋に入り、奥から何か持ってきた。 「その格好も可愛いけど、せっかくだからこれ着てみたらどうだい?」 そう言いながら女将さんは淡いピンクの浴衣を指し出す。 「きっとユーリも喜ぶと思うよ〜?」 「えっ?そうなんです?」 「そりゃあもうね。好きな子の浴衣なんてたまらないわね。」 女将さんはその時のユーリの姿を想像して、可笑しいというようにくすくす笑う。 「す、すっすっ、すすす好き?!」 「あら?違うのかい?」 「えっ?ち、違い‥‥あれ?‥‥違わない‥‥‥???」 (ユ、ユーリは私の事好きなんでしょうか?) あれ?あれ?と慌て始めたエステルを見て、女将さんは微笑ましくなった。 「あっはっは、こりゃユーリも苦労するわ。」 「え?え?苦労するん‥‥です?」 「こりゃ最高だわ、お嬢ちゃん可愛いわね〜。」 更に大声を上げて笑い始めた女将さんを見て、エステルは訳が解らないという状態で首をかしげた。 「くっくっ、おいで、着せてあげるから。」 笑いを堪えた女将さんに強引に促され、エステルは奥の部屋に入ると、女将さんに着付けてもらう事にした。 エステルは初めて着る浴衣の感触に少し嬉しくなった。 ユーリが一人で待っていると、奥から女将さんの笑い声が聞こえてきた。 「ったく‥‥‥何やってんだ?あいつら‥‥‥。」 一人取り残された感のするユーリは、窓の外に目を向けると少し不貞腐れていた。 暫くして二人が奥から出てくると、ユーリは窓の外を眺めていた。 「あ、あの、ユーリ‥‥‥‥。」 「あ?全く、二人して何やってたん‥‥‥‥‥‥‥!!」 ユーリが振り向くと、浴衣に着替えたエステルが立っていた。 浴衣に合わせて、涼しそうに髪も上で軽くまとめられている。 「どうだい?可愛いだろ?」 得意げな女将さんとは対照的に、俯いて恥ずかしそうにチラチラこっちを見るエステルに目が釘付けになり、一瞬固まる。 「なっ、‥‥‥いや‥‥‥それ‥‥。」 「ほーら、驚いて言葉も出ないってさ。」 女将さんは面白くてしょうがないといった感じで、あっはっはと笑うと、女将さんの後ろに隠れようとするエステルを、ユーリの目の前に軽く押しやる。 「あ、あの‥‥‥どう‥‥‥です?」 エステルが遠慮がちに聞くと、ユーリはすっと目を逸らす。 「い、いいんじゃねぇ‥‥か?」 ほんのり赤くなり、口元を手で覆って視線を合わせようとしないユーリを見て、女将さんはしてやったりな表情をした。 淡いピンクの色が彼女によく似合っていて、普段着ないであろう彼女の浴衣姿は新鮮だった。 (やべぇな‥‥‥) ユーリは軽く咳払いをして一旦自分を落ち着けると、何とか平常心を取り戻す。 「さーて、そろそろ食事も出来上がった頃だし、皆、遠慮せずに食べて行っておくれよ。」 女将さんの声を合図に、次々と食事が運ばれてくる。 今日だけは一年に一度の贅沢とばかりに、ユーリとエステルが座っているテーブルにも大量の食事が運ばれてきた。 「わあ〜!初めて見るお料理がいっぱいですね!」 「ん?そうだな、お城じゃあ、こういう料理ないだろうしな。」 「こんなに食べれないです!」 「凄ぇな、こりゃ。女将さん、だいぶ奮発したな。」 さすがのユーリもこれは全部食べきれないくらいの盛大な量だ。 「ま、その時はここの皆が食べてくれるから、食べたいだけ食べりゃいいさ。そんじゃ食うか。」 「頂きます!」 ユーリがちらっとエステルを見ると、手を合わせたままどれから食べようかと目をキラキラ輝かせている。 そんなエステルを見て、ユーリは思わずふっと笑みがこぼれた。 「ユーリ、とっても美味しいです!!」 「正にお袋の味ってとこだな。」 「お母さんの?‥‥‥そうなんです?」 「ああ。」 「何だか‥‥‥とても暖かい気持ちになりますね。」 「だろ?」 「わたしも、こういうお料理作ってみたいです。」 「ははっ、今度女将さんに教えてもらうか?」 「はい!ぜひ!」 それから暫くの間、他愛無い話をしながら食事が進む。 周りの客も会話に入ってきて、相変わらず冷やかされたりからかわれたりしながらも、とても楽しく賑やかだった。 一見ガラの悪そうに見える連中も、実際話してみると大らかな人達ばかりで気前良く、人は見かけによらないものだとエステルは改めて思った。 食事もあらかた食べ終わる頃には、窓の外もさすがにだいぶ薄暗くなってきていた。 「はぁ〜、もうお腹いっぱいです。」 「いや〜、マジで美味かったわ、サンキュ。」 「とっても美味しかったです!」 「そうかい?そう言って貰えると作った甲斐があったってもんだよ。」 女将さんは満足そうな二人を見て、とても嬉しそうに笑った。 「さ〜て、そろそろ花火が始まる頃だな‥‥‥。」 ユーリは窓の外を見ながら立ち上がる。 そんなユーリを見ながら、女将さんが何か閃いたというよに、ポンと両手を打つ。 「そうだ!せっかくだから、あんたも着替えたらどうだい?」 「はん?オレが?」 「こういう時でもないと、あんた浴衣なんて着ないだろ?」 「いや‥‥‥オレは‥‥。」 「それいいです!ユーリも浴衣着てみません?涼しくて気持ちいいですよ?」 「お嬢ちゃんもこう言ってるんだから、さ、こっち来た来た。」 そう言いながら女将さんはユーリの腕をわしっと掴む。 「ちょっ!」 「お嬢ちゃん、ちょいと待っといておくれね。」 女将さんはエステルにそう言うと、ズルズルと半ばユーリを引きずるように連れて行った。 暫くすると、何となく着心地の悪そうな顔をしながら、ユーリが戻ってきた。 その後に、満足そうな女将さんが続いて出てくる。 「‥‥‥‥‥‥‥‥はぁ‥‥‥。」 「ユーリ!とっても素敵です!」 浴衣を着て出てきたユーリを見て、エステルが歓心した声を上げる。 涼しそうな薄いグレーの浴衣が、普段黒い色の印象が強いユーリにしては、とても斬新だった。 「そりゃ‥‥‥どうも。」 「二人とも良く似合ってるよ。」 「動き辛ぇな‥‥‥。」 少し困った顔のユーリとは対照的に、エステルは嬉しそうに微笑んでいる。 (ま、いっか‥‥‥。) 喜んでいるエステルを見て、ユーリも気を取り直した。 「そんじゃ、行きますか。」 「はい!」 「じゃ、女将さん、行ってくるよ。悪ぃけど、ついでにラピードの事も頼むわ。」 「はいはい解ってるよ。せっかくだから二人でゆっくりしといで。」 「行ってきます。今日はありがとうございました!」 「お嬢ちゃん、またおいでね。」 そう言うと女将さんは二人を宿の外まで見送った。 |